横須賀
「探そう10の日本で一番」参加

2019年11月14日

よこすかシティガイド協会主催の横須賀「探そう10の日本で一番」に参加して、馬堀海岸駅から観音崎バス停まで歩きました。

海岸へ出ました。フェニックスが三層に植えられ、護岸工事としては、日本一工事単価が高かったとのこと。
走水水源地です。明治9年のヴェルニーが計画して作られました。鉄筋コンクリート造浄水池は、 現存する鉄筋コンクリート建物としては日本一古い建造物とのこと。一般の人が、ここで作らて水を飲める場所がありました。
破崎緑地展望台からの眺めです。夕日に輝く富士山が素晴らしいとのことですが、当日は 雲が掛かって、薄っすら見える程度でした。
走水小学校です。日本一海に近い学校だそうで、校章は三種の神器をデザインしているとのこと。
御所ケ崎です。日本武尊がここから上総に渡ったといわれ、仮の御所を設け軍旗を立てたところから、 御所ケ崎といわれています。日本一古い書物・古事記に記述があるとのこと。
走水神社です。日本武尊と弟橘媛命を御祭神としてお祀りする神社です。 言い伝えによりますと、日本武尊は東方遠征を命じられ、 その遠征のための準備を走水の地でしている間、当地の村人に慕われるようになり、東方出発の際、 自らの冠を村人に与え、村人がその冠を納めて社を建てたのが、この走水神社のはじまりだとか。
弟橘媛命に殉じた侍女を祀る別宮です。
奥まで歩いて行くと三社と呼ばれる境内社でがあり、左から諏訪神社・神明社・須賀神社です。
観音崎ボードウォークの案内がありました。観音崎京急ホテルの海岸側をぐるりと歩ける木製遊歩道ですが、 先日の台風で壊されて、通行できませんでした。
横須賀美術館です。2007年開館で建物全体が美術館というコンセプトで設計されています。
観音崎公園に着きました。昭和50年設置で、広さは東京ドーム15個分とのこと。
海蝕洞窟内に観音崎の地名のルーツとされる観音像が復元されて設置されています。 奈良時代の僧・行基が船の安全のため、十一面観音海蝕洞穴に納め、 「船守観音」とも呼ばれた菩薩は漁民や船乗りに信仰され、 江戸時代には観音寺も立ち並んでいました。
観音寺跡の広場で昼食をとりました。このあたりに館音堂が創建され、江戸時代には 本殿・般若堂などが立ち並んでいました、明治13年に陸軍砲台の築造に伴い、鴨居に移転しましたが、火災により焼失 しました。。
海岸を見ながら進みます。
素掘りの洞窟を通ります。横須賀市最古のトンネルといわれ、黒船襲来に 備え、観音崎が要塞としての役割を担い始めたころに造られ、1852年ころ完成したようです。
南門砲台跡の公園で、当時をしのぶものは何もありません。
観音崎自然博物館です。日本で最初に真鯛の人工孵化に成功したとのこと。
ゴジラの足跡だそうです。ゴジラが日本に最初に上陸したのが観音崎とのこと。今はありませんが、 ゴジラの大きなレプリカが設置されていたとのこと。
北門第一砲台跡です。左右一対2問の砲座からなり、当時は口径24cmカノン砲が設置されていました。
観音崎灯台です。明治2年に点灯した日本で最初の洋式灯台です。

観音崎バス停から馬堀海岸駅へ出て帰りました。

―以上―